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明治以降の歌舞伎

明治になっても相変わらず歌舞伎の人気は高かったが、海外の演劇事情を知った知識人などからは、その内容が文明国にふさわしくないのではないかという声も上がるようになった。歌舞伎では物語の背景や人物設定が決して簡単明瞭なものではなく、また内容も仇討ち・お家騒動・心中立などといった「前近代的」なもの(と当時は認識された)が多く、しかも盗賊・侠客・悪家老などを讃美するものあり、筋書きも荒唐無稽、そしてそれを宙乗りや早替わりなどといったケレン(外連)の演出で補うなどというのは、(彼らが信じる西洋式の)演劇の本来あるべきかたちをないがしろにするものではないか、といった批判が噴出したのである。
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たしかに歌舞伎はある程度の基礎知識がないと物語の背景や人物設定が分かりにくいところがある。「見取り狂言」仕立ての興行で発達した歌舞伎では、複数の演目から人気の場や幕をのみを拾って見せるのが通常である。また仮に「通し狂言」を上演したとしても、そもそも歌舞伎には一日のうちに時代物と世話物、荒事と和事、狂言と舞踊といった相対する分野をくまなく網羅するというきまりごとがあるため、例えば江戸の遊郭の遊女たちが羨望する粋でいなせな美男の助六が実は姿を変えて父の仇討ちの機会を待つ武士の曾我五郎(鎌倉時代に実在した人物)だったりする必然性があった。こうした歌舞伎を愛する者にとってはあたりまえな設定も、洋行帰りの知識人にとっては奇妙奇天烈な展開にしか見えなかった。

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2009年08月17日 11:25に投稿されたエントリーのページです。

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